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Channel: BBの覚醒記録。無知から来る親中親韓から離脱、日本人としての目覚めの記録。
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天皇とは何か 「天皇の国師」をめぐる小論 3

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宮中における神道による祭祀の重要性については、さまざま過去にも述べて参りました。

宮中にあまたの神官あり

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/2036af29dcb72e04e7eaf91957923ccb

宮中では今なお、神官巫女たちが明け暮れ神事のお務めをなさっているのですが、彼らの頂点に立たれるのが祭祀王たる天皇陛下です。
その地位はとりもなおさず、日本の神道界ヒェラルキーの最上位に
おわすことを意味します。

天皇から皇太子へと一子相伝で伝えられる祭祀の秘儀は、掌典長すら心得ません。不心得の天皇や皇太子が現れれば、そこでぷつりと神事の糸は切れ、
古代より灯され続けてきた神の火は永遠に消え果てます。

そのことの恐ろしさに日本人はもっと敏感であっていいと思います。
宮中神事の消滅は、日本の国体の消滅です。

不心得を排除するためにかつては皇室内に廃太子廃妃の制度がありました。
それがなぜ、なくなったのか? ここにもひょっとしてGHQの手は及んでいないでしょうか。日本と皇室弱体化の施策を敷いた彼らにとっては、愚かしい天皇と皇太子の誕生は歓迎で、そうなるように、なるようにと仕向けているようです。

*現在の日本の皇室典範では皇太子の皇籍離脱は認められておらず、 皇位継承権の辞退もできない。これは陰謀や奸計などにより「自発的に」そうさせないための規定である。なお、皇嗣に精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、皇位継承順位を変更することができると定められている。

なお、旧制度下においては、旧皇室典範第52条が特権の剥奪等も含めた皇族に関する懲戒を定めており、廃太子も法的に可能であった。

 

廃太子制度を排して、「自発的にそうさせない」などという規定を新たに追加した意図が不明です。

*「昭和22年法律第3号」の公布番号を持つ現在の「皇室典範」は「法律」として1947年1月16日に制定され、他の法律と同様にその改正は国会が行い、皇室の制度そのものに国民が国会を通じて関与することとなった。これは、制定当時、日本を占領していたGHQの強い意向によるものである。

案の定、現在の法律典範に改正されたのは、戦後2年目のことで明らかに
GHQの意向を受けてのことですね。 

「国民が関与」と言ってもから文句であり、実際には不可能です。
政府や宮内庁が無視できないほど批判の声を高めるしか
手がありません。

宮中内における神事が単なる手間ひまのかかる旧弊な呪術的儀式と捉える人にとっては、祭祀は簡略化どころか廃絶してもよいくらいでしょう。

その抱く宗教観から、先の入江侍従長など代表例で、その後も続々と宮中にはカトリック、プロテスタント、創価学会と「異教徒」が送り込まれるわけですが、宗教の自由をこと、皇居内で主張されるようになると神事はいずれ息絶えてしまいます。宮中のそれぞれの持つ宗教がキリスト教と創価学会偏り、
これは自然の分布図ではあり得ない比率でしょう。

異教徒にとって神道の厄介至極で体力も時間も延々と費やす神事など、烏滸の沙汰(おこのさた)でありましょう。

浮世のお付き合いレベルでは、神道とカトリック・プロテスタントは
一見上手くお付き合いしているようですが、いざ互いの神の場で
相対するとなれば、いい加減は許されず必ずバッティングします。

神事が単なる儀式ではなく、神へと通じる回路を開き、天皇が神と向き合うための聖なる場作りであることを、改めて昭和天皇にお伝えしたのが、特攻隊の生き残りでもあれば西欧の宗教、日本の仏教他広範に学び、自らも霊能者であった三上照夫でした。

三上はその卓越した霊能と神通力により宗教家として立つことが、可能でしたが
その道は選びません。生者と死者ともに魂の救済は出来ても、敗戦以降の日本の凋落を押しとどめるストッパーにはなり得ないからでした。

在野の思想家として、社会主義や革新勢力、極左集団と戦う道を選びます。
三上は新しい国体理念を示しつつ、拙ブログ主が関心がないので触れませんが、経営者にも新たな経営理念を説いています。こちらのほうに、興味を持つ
人々もいるでしょう。

三上は自らの思想を広めるために「日本松柏学会」を設立、三十歳のときにその設立趣意書を発表します。

これを拙ブログで取り上げる理由は、かねてより宮中内神道がその狭いエリアと、日本国のみにとどまらず、現在行き詰まった世界の宗教と思想に対しての
優れた解決となり得ると、感じているからです。

一神という狭い枠にとらわれていないので、広がる世界観です。
三上の趣意書に記した文言がそれを現しています。

P339 「日本民族の歩み来たりし大道は、古きが故に尊厳なるに非ず、伝統なるがゆえに守るに非ず、世界史の前史を飾れる個人主義的自由と全体主義的平等の二大原理が収拾なしあたわざる人類危機に、自由と平等と、個と全と、金力と権力の二律背反的西欧文明に対し、東洋的全一化をもって、第三の道を掲ぐるのであり、公正なる世界の良識は、必ずや容認せざるを得ぬ指導原理として、人類史的価値を、わが民族の国体に認むるがゆえに、吾人が生命を賭して守ることを誇りとするものである」

思うに、唯一神を仰ぐ宗教はその必然から排他が宿命付けられ、数々の争いと殺戮を生じさせ、唯一神を基軸に置く思想は対立という二元論の立場に人を措くことを余儀なくします。敵があることが前提なのです。
我は汝なり、汝は我なり、という「和」をもたらす神道が、第三の道を世界に指し示す、というように拙ブログ主は読んだくだりです。

三上を指導した、今津洪嶽老師の言葉が端的です。

p339  「対立ではない。全一(ぜんいつ)じゃ。大和(だいわ)じゃよ」

この「大和」、「全一」の考えは、ユダヤ的な二元思考とまったく正反対だなと沖山は思った。

ユダヤ人たちは、まず相対立する概念を用いて区別をたて、比較衡量するところから思考を始める。創造主と被造物、創造と終末、堕落と救済、過去と未来・・・・。

創造主と被造物には超えられない断絶があり、創造があれば終末があり、
かつて堕落した人間は救済を待ち望んでおり、終末と未来は決して交わることはないと考える。

彼らは、ひとつの生命体であるはずの宇宙を、創造主と被造物の二つに分裂させてしまったのである。

このユダヤ人の対立思考は人類史にはかりしれない災厄をもちこんだのではないか、と沖山は考える。

P339からしばらくは、全文を引き写して示したいほど示唆に満ちた文章が連なります。

行き詰まった西欧文明、そしてその影響下にある世界の精神史に活路を開くのが日本本来の思考と感性なのではないでしょうか。

せっかく「大和(だいわ)」が息づく皇室内神道になにゆえ、十字架やご本尊の要素を持ち込むのか、訝しいばかりです。

日本人はその手の内に古来より、世界に冠たる精神の至宝、神への道を手にしているというのに。

ビッグバンから量子力学に至る現代の、「知識」に応えられるのは、「唯一神教」ではありません。

 


薔薇星雲

 

科学は神の領域から見れば野蛮です。
しかし、ジリジリと宇宙の実相が明かされていくにつれ、唯一神的思惟は矛盾の壁に突き当たり、取り残され、神道・仏教における融通無碍、彼我一体の思想が輝きを増しつつあります。

しかし、せっかく仏教を手にしながら、自虐史観的政治思想に転嫁、
檀家の喜捨によって成り立っている寺社を左翼運動の組織としている
坊さんたちには、言葉もありません。彼らには仏教がいったい、何を
説いているか原点に戻れと申し上げます。
釈迦の説いた仏教は善悪二元論に基づく闘争などからは、最も遠いところにあるというのに。釈迦直説の本来の仏教を、支那仏教の価値観をもって小乗と裁断したところにも、その過ちの芽は潜んでいたのかもしれません。

しかし、仏教界の有り様は人ごとならず、祭祀をじわじわと手放しつつあるその一方、護憲や東京裁判史観を語られる内廷皇族というのも、また宮中を思想の場にしつつあるのでないかという懸念を抱かざるを得ません。

いったい左翼作家や共産党中央委員会政策委員長に讃えられる天皇陛下とは何でしょうか。 

 

戦後の皇族の語録集『おことば』(新潮社)を編纂した作家の島田雅彦は、

「現天皇はそのお言葉を見る限り、現代思想家の、だれにいちばん近いスタンスで立っておられるかというと、僕は大江健三郎だと思う」(「週刊朝日」2006年3月17日号)

「僕には陛下自身が左翼のように見える。護憲を訴えることは、最近、旗色が悪いですよね。
そんな時代にあって徹底した平和主義を貫き、アジア諸国に対する配慮、特に韓国や中国に対して配慮を示すということは、
なんとなく左翼的な発言とみなされて、いま少数派になっているでしょう。
全体的に右に傾斜してますからね。その中で天皇はそのスタンスをずっと保っておられる。それゆえに、左翼っぽい人間もシンパシーを抱く」

 

*デビュー時より「サヨク」を自称し、その後「ヒコクミン」を名乗るなどして体制を皮肉る立場を取っていたが、皇室を題材にした『無限カノン3部作』以降は、戦後皇室語録『おことば』を編纂し、「天皇が最も民主的」と発言するなど立場を変えている。

 

皇太子殿下 平成26年 2014年お誕生日

皇太子の政治発言 朝鮮日報が大喜び 

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/77824c824a67a7da9a0b85660cfd4223 

 ttp://www.php.co.jp/magazine/voice/?unique_issue_id=12369
(Voice 2008年9月号)
“爽やか”だった大東亜戦争
上坂冬子〈対談〉鶴見俊輔 158p

> 美智子皇后は姉の和子に対して、彼女の学友だった女官を通して
> 「宮中まで来てほしい」とお呼びになったことがありました。
> そのとき、「あなたがこの間の講演で 慰 安 婦 の問題を取り上げてくださって、
> と て も あ り が た か っ た」とおっしゃった。(略)

強制の慰安婦などいません。売買お互い納得ずくの売春ビジネスでしかありませんでした。

擁護派の保守は、両陛下と皇太子の発言をいいようにいいように解釈、牽強付会(こじつけ)に躍起となっていて、それはこの間までの東宮夫妻擁護派の愚かしさを思い出させますが、実のところ天皇皇后両陛下はもういかに、もの申し上げたところで変わりません。変えるべきは国民の意識です。

左翼や中韓、そして今なお生き続けるGHQの皇室弱体化の奸計(かんけい)にうかうかと乗らぬよう、現実を見据える勇気を持たぬ脆弱保守も、もはや目覚める時でしょう。

 内廷皇族は、もはやGHQ発・東京裁判史観の自虐に汚染されてしまいました。


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